心が体の外にある→うつの構造

神経伝播系→外部機器→神経伝播系という経路において、外部機器が人間の自然な感覚と異なるものであれば、神経伝播系も次第にこれに適応したものとなってきます。もちろん物理的にです。このことは、外部機器が、適応した神経伝播系と一体化された形で人間系に取り込まれているわけで、外部機器を含めた形で心が形成されているとも言えます。ということは心の一部が体の外にある?という考え方もできるわけです(かなり極論ですが)。外部機器から離れると、異常に適応した神経伝播系が残されて分断されるわけで、このことで依存症といった症状が現れるとも考えられます。機器が体の一部となっている場合に安心できるわけです。依存症は”うつ”の遠因ともなります。

 

新しいタイプの”うつ”等とはこういった構造によるものなのかもしれません。私はこのような視点からも、テクノロジーが生み出す”うつ”等を研究しています。

 

IPadのユーザインタフェースのように、できるだけ人間の操作感覚としてなじみやすいものとすることで、人間と機械の間で形成される異常な心の構造を減らそうとしているのですね。

 

原始の世界ではどうだったか?

 

原始の世界では、槍などの単純な道具しかなく、それも体と一体化したものであり、あまり脳とは関わりが深くないものであったわけです。もちろん投げる方向の計画や必要な力の制御は脳が行うわけですが、今日、脳が関与する複雑レベルに比べれば、はるかに単純だったわけで、心は体の外にはなかったのです。

 

原始の世界での”うつ”相当の心の病はあったのか?恐竜の恐怖から”うつ”はあったと考えられますが、”心は体の外にはなかった”という観点からは、今日ほど複雑な心の問題はなかったと考えられます。

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